全く同じ無表情の男性の写真なのに、直前に見せる画像を変えるだけで、見る人の受け取る感情がガラッと変わる——そんな逸話が、実は今から100年以上前の映画史に残されています。クレショフ効果と呼ばれるこの心理現象、実はバナー広告やLPの写真選びに直結する話なんです。
100年前のソ連で行われた、映像編集の実験
同じ映像や表情でも、その前後に置かれた映像や情報によって意味や感情の受け取り方が変わることを「クレショフ効果」といいます。
- 同じ無表情の顔でも、直前が料理の写真だと「お腹が空いていそう」に見える
- 同じ人物写真でも、病院の背景なら不安そう、遊園地なら楽しそうに感じることがある
- 商品写真の横に高級ホテルを置くと、商品の印象まで上質に感じることがある
- ニュース映像では、同じ表情でも前後のカット次第で怒りや悲しみに見え方が変わる
- LPで人物写真の隣に「失敗」「成功」のどちらを置くかで、表情の意味づけが変わる
クレショフ効果は、ソビエト連邦の映画作家レフ・クレショフが1922年、全ロシア映画大学で行った実験にちなんで名付けられました。
語り継がれている内容はこうです。被験者を3つのグループに分け、それぞれ違う映像(「スープ皿のアップ」「棺に入った遺体」「ソファに横たわる女性」)を見せた直後に、全く同じ無表情の男性の顔(俳優イワン・モジューヒン)を見せます。そして「この男性はどんな感情を抱いているように見えるか」を尋ねたところ、スープの映像の後は「空腹」、遺体の映像の後は「悲しみ」、女性の映像の後は「欲望」と、同じ無表情の顔から全く違う感情が読み取られた、と伝えられています。
ただし、このオリジナル映像は現存しておらず、実験の詳細にも不確かな点が残っています。「クレショフが科学的に完全証明した」と断定できるものではなく、映画史で伝えられてきた逸話として理解するのが適切です。一方で、現代の研究でも文脈が表情の解釈に影響することは報告されており、Barrattら(2016)は中立的な表情を異なる感情の文脈と組み合わせる再現実験を行い、感情判断が文脈に対応する方向へ変わる結果を報告しています。
つまり、人間は映像を単体で解釈するのではなく、直前・直後の映像との組み合わせで意味づけしてしまうという考え方自体は、映画史の逸話と現代の研究の両方から支持されている、と捉えるのがバランスの良い理解です。
この逸話は、後にセルゲイ・エイゼンシュテインら旧ソ連の映画人が発展させた「モンタージュ理論」(映像をどう組み合わせて編集するかで、観客の解釈を意図的にコントロールする理論)の出発点の1つとされています。今のCM・映画・YouTube動画の編集技法にも、この考え方は脈々と受け継がれています。
Webサイトへの応用: 商品と一緒に置く「人物写真」で印象が変わる
同じ化粧品でも、隣に50代の落ち着いた雰囲気のモデル写真を置くか、20代の華やかなモデル写真を置くかで、「アンチエイジング向けの高級品」なのか「リーズナブルで若者向けの商品」なのか、印象は大きく変わります。
大切なのは「心理効果で自由に感情を操作する」ことではなく、画像・コピー・前後のコンテンツを一緒に見たとき、意図しない意味が生まれていないか確認することです。人物の視線がCTAへの注意に影響する知見はありますが、それ自体をクレショフ効果とは呼びません。また「左は過去、右は未来」も普遍的な固定法則として扱わず、Before/Afterはラベルや説明で関係を明示するようにします。
効果が強力な分、想定より狭いターゲット層に見える写真を選んでしまうと、本来なら興味を持ったかもしれない他の層のユーザーが「自分向けじゃない」と離脱してしまうリスクもあります。特に対象年齢・性別を幅広く取りたい商品の場合は、特定の年代・性別に寄りすぎない写真選び(あるいは複数パターンのLPを用意してABテストする)を検討しましょう。
複数枚の画像で「ストーリー」を演出する
ヒーローセクションで複数枚の画像を順番に切り替える(スライドショー形式の)構成にすると、1枚の写真だけでは伝わらない「ストーリー」を演出できます。
例えば「南国の砂浜」→「柑橘系フルーツ」→「ドリンクを飲む人」という3枚の組み合わせなら、実際の商品(飲料)が3枚目に登場する前に、すでに「夏にぴったりな爽やかな柑橘系ドリンク」というイメージが視聴者の中にできあがっている、という仕掛けです。
まとめ
- クレショフ効果は、1922年にソ連の映画作家クレショフが行った実験にちなむ逸話。人は前後の映像の組み合わせで意味を解釈する
- オリジナル映像は現存しておらず詳細は不確かだが、現代の再現研究でも文脈が表情判断に影響する結果が報告されている
- 同じ商品でも、隣に置く人物写真次第でターゲット層のイメージが大きく変わる
- ターゲットを絞りすぎると機会損失になるリスクもあるため、商品の性質に応じて写真選びのバランスを考える
「なぜ人がその画像に説得されるのか」をもっと深く知りたい方には、説得・影響力の心理学を体系的にまとめた古典的名著もおすすめです。

